ロンドンにないもの

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ロンドンにないものなんてありません。
文学的にいえば、富も貧困も、野望も、名声も、愛も、挫折も哀しみも。そしてミンクのコートもダイヤも穴のあいたソックスも、いろんなものが流れてくる人々にくっついてやっきます。

ロンドンの西の玄関口であるパディントンの近くに住んでいた頃、通勤帰りに地下鉄に乗っていると、パディントンで降りて郊外への電車に乗り換える通勤客とそのままノースロンドンへ運ばれていく人間の区別が8割方つくのをみていました。郊外へ帰る人々はよい意味での健全さ、別のいい方をすれば間の抜けた空気を纏っていました。ロンドンから出てしまったわたしは、間抜けな顔して電車にに乗っているのでしょうか。

そんなことを考えながらアップルケーキをぱくついていたら、ここにはロンドンにないものがあるのに気づいたのです。それは果樹園のある暮らし。

自転車でも行けるけれど、りんごを何キロか背負って帰ることを考えると車でいってしまう距離に果樹園があります。エステートとよばれる敷地には林檎とプラムと洋梨を合わせて60種類以上の品種が栽培されていて、門を入ったところにある古びた納屋で収穫された果物が販売されています。店番は爺さんだったり奥さんだったり孫だったり顔ぶれは幅広いけれど、共通の雰囲気を漂わせる一族による経営。フリースの上にワックス引きのジャケットを引っ掛けて長靴を履いている骨格のしっかりしたブロンド系の家族といえば想像できます?。8月の終わりに開店。プラムの時期です。収穫がおそく保存に向いているりんごの品種を1月のはじめに売りつくして閉店。秋冬だけのおつきあい。スーパーマーケットのおかげで農産物は季節商品であることをつい忘れてしまう生活の中で、この果樹園は強烈に季節を意識させてくれます。

DSCF1163雪は降らないにしても東北なみの寒冷な気候であることから、イギリスを代表的するというより国民的というべき果物はりんご。日本でいう紅玉あたりに匹敵するイギリスを代表する品種であるコックス(Cox Orange Pippin、通称 Cox)をはじめGala, Russet(日本の梨のような色), Granny Smith(青りんご)Braeburn, Golden delicious (黄色)はスーパーマーケットの常連で、Fuji(ふじ)それからJazzにPink Ladyも近年見かけます。

この果樹園には収穫時期が早いものから遅いもので貯蔵に向いているもの(storing apples)など以下のような品種のりんごが売られていて、味見をしながら選べます。いくつかの品種は店頭に並ぶ時期がとても短かかったり、収穫量が少なかったりして、お目にかかれないことが多い。わたしはアロマティックで酸味と甘みのバランスがとれていて、さくっとした歯触りの品種が好み。Kidd’s Orange RedやFalstaffが売っている時期に行き当るととうれしい。

Laxton’s Epicure, Merton Knave, Tydeman’s Early Worcester, James Grieve, Katy (Katja), Red James Grieve, Worcester Permain, Michaelmas Red, Laxton’s Fortune, Lord Lambourne, Peasgood Nonsuch, Delbarestivale, Norfolk Royal, St. Edmund’s Russet, Greensleeves, Ellison’s Orange, Red Devil

Fiesta, Blenheim Orange, Cox’s Orange Pippin, Rosemary Russet, Spartan, Kidd’s Orange Red, Egremont Russet, Suntan, Ribston Pippin, Orlean’s Reinette, Jester, Cornish Gillyflower, Pitmaston Pine Apple, William Crump, Claygate Permain, Lord Hindlip, Jupiter, Tydeman’s Late Orange, Falstaff, Gloster 69, Gala, Chiver’s Delight, Brownlees’ Russet, Catshead,Malling Kent, Tentation, Granny Smith, Court Pendu Plat

コックスだけとかラセットのみの単品種ストレートのりんごジュースを飲むとりんごジュース観がかわります。りんごそのものの味と風味が鼻と口蓋から沁み渡る。値段が張るのは1リットルの果汁を搾り取るのに使われるりんごの数を考えると致し方あるまい。ジュースたちはおんぼろ納屋の一角で古色蒼然とした圧搾機で文字通り押し絞られ、酸化防止剤なんて入っていないから数日で色が変わります。牛乳のカートンみたいな冴えないプラスチックボトル入りで大量消費ルートには乗らない商品。色つきのガラスボトルに入れてお洒落ななラベルを貼り、高級ブランド化またはヘルシーブランド路線を確立し、オンラインショップや高級グローサリーショップで売る商売もありでしょうが、地道にローカルのファーマーズマーケットなどに出店している正統派ぶりに好感をおぼえます。とはいえ、実際のところは資金と人的資源の不足が理由なんででょうね。

外国産の流入のおかげで、イギリスのりんご農家の数は減る一方。ヨーロッパの他の国(特にフランス)は労働費が安いわけではないけれ、過剰生産で価格が下落した場合は農家に助成金がでるなど農業保護政策の恩恵を受けているらしい。りんご作りのメッカであるケントの大規模農園に比べると、近所の果樹園は収益率が低そうだけど、ぜひがんばってほしいものです。

IMG_4212おかげでりんごを使ったお菓子のレシピがかなり集まり、こういうグッズも常備。一番上のりんごのセミヌード写真はこの皮むき機によるもので、残念ながらわたしの達人的包丁さばきの結果ではありません。

2 コメント

  1. 「いろんなものが流れてくる人々にくっついてやってくる」ってフレーズ、いいなあ。

    りんごといえば、昔スーパーで青りんごとプラムと白ワインを買って、
    ハムステッド・ヒースで寝っころがりながら、齧っていたのを思い出しました。

    果樹園のある暮らし、確かにロンドンにはないですね~、
    青りんごが好きだったなあ、林檎というと赤のイメージなもので、
    青りんごを食べるのがなんだか嬉しかった記憶があります。

    りんごの皮むき機、便利だ!デザインもオシャレ!
    オシャレといったら、一枚目の写真もオシャレですね~。
    広告にも使えちゃいそう。

    そうそう、美しい日本語といえば、中勘助の『銀の匙』が好きです。

    • 森のくまさん

      ハムステッドでピクニックはいいですねー。イギリスのりんごは小ぶりだから丸かじりしやすいので公園向き。
      銀の匙はほんとうによさそうですね。試し読みしたら漱石の草枕を思い出しました。アマゾンでまとめてオーダーしようと思うので、何冊かおすすめをよろしく!

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