是枝裕和の映画論的「奇跡」のレビュー

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2011年公開の映画をいまさら映画館で観たのは、是枝裕和監督の「奇跡」(I Wish) がロンドンにやってくるのに2年かかったから。芸術性の高い作品をセレクトして上映するICA (The Institute of Contemporary Arts)で観ると、ありがたみが増すというもの。

是枝裕和監督作品を好きな理由を考えてみると、中編小説の映像化という風にぼんやりと認識されがちな映画という媒体の枠組みをとっぱらってくれること。そして、こういうのも映画だと彼なりの解釈なり枠なりをぱっと形にして提示してくれることにある。


もうひとつは、ブンガクに例えると芥川賞的作品でありながら直木賞的であること。つまり冴えた描写の連続から何かを浮き上がらせることを狙っていながら、くさい決め台詞的な台詞なりショットなりが入っている。観る人に親切で判りやすくするとクサくなることを承知でやっているのだ。それを好きかときかれれば疑問なのだが、アンバランスな微妙さがある状態を内包するものは映画だけでなく何につけてもけっこう好きだから。

また、人間の、時としては子どもの目という低い位置から撮られたありきたりの日常的ショットの積み重ねから日常性に埋没している普遍性を示すやり方にはなんだか勇気づけられるのである。哲学論みたいになっちゃうけれど、寝たり起きたりメシを食ったりする毎日の生活の中にしか我々は存在しないわけだし、素晴らしい邂逅や驚くべき悟りやなんやかんやもその自分を通してしてしかみることができないのだから。

もうひとつあった。脚本も監督が書いているので(例外もあり)作品としてのまとまり感があること。俳優の使い方、意図するショット、ストーリーの展開、すべてを計りにかけて、作品の意図するものを明確にもっている監督自身が脚本をまとめることができれば、これが一番だ。一人で2足の草鞋を履いてモノを完成させることに要求される集中力は並み大抵ではないだろうが。

奇跡は予習なしで白紙で観てきた。
別居を機に大阪から九州に引っ越した夫婦(オダギリジョーと大塚寧々)には小学生の息子がふたりいて、兄は母と一緒に母の実家である鹿児島で祖父母(樹木希林と橋爪功)と一緒に、弟は父と福岡で暮らしはじめた。母はスーパーのレジ係をして実家の家計を助け、父は土方的な仕事をしているミュージシャンといえば聞こえはいいが、父親の自覚ゼロのてれんぱれんした男である。また家族4人で一緒に暮らすことを切に願う兄と、ダメ父に似ているといわれるマイペースの弟。兄は桜島が爆発して鹿児島に人が住めなくなればまた家族4人で大阪で暮らせる日がくるのではないかと願う。福岡と鹿児島を結ぶ九州新幹線の一番列車がすれ違うとき、奇跡が起きて願いが叶うという都市伝説を聞いた兄は、家族4人が一緒になる日を夢みて、新幹線がすれ違うはずである熊本へ友だちと一緒に向かう。一方弟も友だちを連れて熊本へ……。

ここまでをラジオの映画紹介で聞いてどういう話に落ち着くのか、どうオチをつけるのかが知りたくて観に行ってしまったのである。子どもがいながら別れることを選択しなきゃいけなかった男と女が、電車がすれ違ったくらいの理由でよりを戻すわけがない。でも、ただ単に奇跡は起こりませんでしただったらストーリーになりえない。上手い結末だった。(こんな書き方されたら知りたくてしょうがないけど観ることができないという方はコメント欄から個人的にきいてください。基本的にネタバレしない主義なので。)

この映画の英語のタイトルは「I Wish」。夢を願うことがテーマだから実際オリジナルの奇跡よりずっと的を得たいい名前だ。新幹線がすれ違う瞬間に叫ぶ子どもたちの願い。絵が上手になりたいとか、女優になりたいとか、死んだペットの犬に生き返ってほしいとか、父のパチンコ通いを辞めてほしいとか一部嘘くさい願いもあることながら、いい年した大人だって自分が何を望んでいるのかを明確にするのってすごく大切なことだと教えてくれた。

旅にでなくちゃいけない理由を生む主人公の日常があって、旅がはじまり、旅がある終わるかあるポイントまでいったところで(いきすぎると死に至る場合を除いて)以前とどこかがわずかに違うものをかかえた主人公が、変わらないけれどちょっと違ってみる現実に戻っていく。そういうクラシックなロードムービーのかたちを踏襲しているが、兄弟二人ということで日常がふたつあり、それが交互に平行して語られるところが異色。

予習なしで白紙で観てよかったというのは、是枝作品が海外での評価の方が高い理由に関係している。イギリスでもテレビをほとんど観ないわたしが日本のバラエティ番組なんか観るはずがなく、主人公の兄弟を演じている前田兄弟が何者か知らなかったのである。スクリーンの中にいたのは芸達者ではある普通の小学生。監督が意図したであろう、子どもという生き物が放つ特有のオーラにフォーカスして観ることができた。観た後にYoutubeで、こいつらこんなに有名なお笑い芸人なのかと驚いた。周りに上手い大人の俳優たちを配して子どもたちを浮き立たせる演出も、そういう余計な先入観がないほうがより効果的。また、普通の生活を描写しているんだろうけど、ジャパニーズなライフスタイルはエキゾチックよねぇ、というちょっとズレた見方だと映像が容易に「日常性」というコンセプトを浮き彫りにする。真っ白な映画館でコンテンポラリーアートとして鑑賞するのに比べ、本当に日本風の居間のちゃぶ台でみかんなんか食べながらJR九州タイアップドラマとしてDVDで観たら、日常との境目が曖昧になって映画を観ているありがたみというか魅力が激減するだろう。ガーティアン紙で映画評論を書いているPeter Bradshowによると星5つの評価。先に挙げた方の予告編はアメリカ版。はるかに秀作にみえる。こちらは日本版の予告編。比較すると評価が違う背景がみえてくるんじゃないだろうか。

結論として、この映画に星4つをあげることにする。
マイナス要因として挙げられるのはいくつかあるが、まずマエダマエダの起用と九州新幹線開業がらみの商業的匂い。映画は商売だからしかたないだろうが、鹿児島と福岡と大阪をむりやり話の中に入れなければならなかったことから生じるほころび。福岡から鹿児島へ引っ越した兄がもつ新しい生活の違和感とやりばのなさの象徴として黙々と煙を吐き続ける桜島を配置するのは上手い運びだったと思うのだが、彼らは大阪弁だから大阪を入れなきゃいけない。新幹線がすれちがう場所を特定するのは鉄道マニアの大人がコンピューターを駆使しても難しいはずなのにその場に子どもたちがいてしまうという設定も無理がある。だいたい兄弟を離ればなれにすること自体も不自然だ。教室の黒板の上に西郷隆盛の写真があったりするのは洒落か小細工か。たこ焼きも安直。JR九州がらみの話題性でもって知名度アップを図った映画なんだから、これまでの作品と同レベルのアートっぽい匂いを期待するのは野暮ってものなんだろうけど。

子どもたちに台本を与えずこういう状況で話をしてという指図を与えて自然な図を撮影する独自の手法による魅力は実証済みだ。ドキュメンタリー風の場面と映画的場面の組み合わせは「ワンダフルライフ」ではそれこそワンダフリーに作品にメリハリをつけて上手く仕上がっていたが、この映画では思ったほどしっくり噛み合っていない印象を受けた。

母方の祖父が鹿児島名物かるかん屋を昔営んでいたのもご当地映画的で都合よすぎるよなぁ。この昔気質の職人キャラクターで映画に重層感をつくりたいのはよくわかった。かるかんの味の描写(ぼんやりとほんのりの違い)の台詞とダメ父の台詞、というふたつの鍵となる台詞で話にピンと線を引くのは上手いよな、と思う。

わたしがこの映画で好きだったのは、女優くずれでスナックのママである夏川結衣が放つ女の匂いとオダギリジョーのダメかっこよさ。子どもたちを一晩泊める老女役りりぃ。こういうフェアリーテール的な人物にはほっとさせられる。夏川結衣の娘役の子(樹木希林の孫らしい)が持つ、女と女の子と中間のアンバランスなクオリティ。デリカシーのない先生である阿部寛の手。大人って深くて浅はかな理解をこうやって子どもに押しつける。実生活でも長兄の宿命を背負って生きてるんだろうねと思わせるマエダ兄。

星を二つ引いたら、この監督に期待するものが高すぎるのかしらんと思い、星をひとつ足してトートル星4つとなったのである。たしかに「歩いても歩いても」や「ワンダフルライフ」には及ばないけれど、子どもたちのもつ命の息吹きみたいなものをよく映していて、うわーっ観てよかったねーといいながら映画館から一歩外に出た時の空気が爽やかだったことは書いておかなきゃなるまい。

ガキ専みたいになんないで、次はあっと驚くような大人ごころを描いたファンタジーを撮ってくれないかなぁ。シャープでほろ苦いけど、ほのかな希望感と温かみが後からじわーっとくるようなのを。

ここで番外編。2013年2月にイギリスでメディアを総なめしたのは、食肉業界全体で組織的に牛肉に馬肉が混入していた事件。熊本名物ということで馬刺しが台詞に何度もでてきて、そのたびにHorsemeat sashimiが字幕に現れるのは不気味にインパクトがあった。

ふう、長かったですねぇ。思ったことが書けてすっきりしました。最後まで読んで下さってありがとうございます。映画館から帰ってきてその勢いで書いちゃいました。
あ、ちなみに一番上の写真は(生意気じゃなかった頃の!)娘です。キューガーデンにて。そうそう、子どもって走るんです。それで画面に動きがでるんですよね、映画でも。

8 コメント

  1. 是枝裕和。気になる監督です。3年くらいまえ、イギリスからシドニーの父親を訪ねてやって来た’息子’のマイクが、イギリスで見た「誰も知らない」という映画とその監督(是枝さん)の話を熱をこめてしてくれたのです。私にとっては初耳の監督さんでしたが、その映画のストーリーには深く興味を持ちました。

    そして、つい最近2ヶ月くらい前、映画にとても詳しく通じている日本人の友人が、こちらでも芸術性の高い映画だけを上映するパディントンのアカデミー・トゥインでかかった「奇跡」を見てきて、その感想をマイクに負けるとも劣らないくらい熱をこめて話してくれました。なのに、私はいまだ、是枝さんの作品に無知です。キッカケが交差していないのですね。

    サニー・サイダーさんの映画論には舌を巻きました。長い、詳しい映画論でしたが、一気に読ましていただきました。ポンポンと議論の争点が投げかけられたいますが、喰いついていけなくて残念。

    ちなみに、前出のマイクは、最近13巻にもおよぶ長編詩集「Dustless」を書き上げました。詩人です。ケンブリッジに住んでいます。ご紹介したいです。

    • 釉子さん

      これは自分が思ったことを書き留めておくために書いたものです。書くことで思っていることがクリアになりますよね。なので読んでくださる方をあんまり意識していなくて、読みにくいものを読んでくださってありがとうございます。

      マイクさんはお二人とも素敵な方のようですね。いいなぁ。

  2. こんばんは^^
    是枝裕和監督の映画作品は、私は観た事ないですね~
    CMやドラマ、PVなども手がけている様ですね!!
    才能豊かな方なんだなぁ~って…今勉強してきました!

    この映画は、番宣をちょっと観たことを思い出しました
    樹木希林が前田兄弟を『子供扱いしない』って
    言っていた事が…それだけがもの凄く記憶にあります^^;
    私の周りでも隠れ夏川結ファンが多いこと多いこと!!(笑

    日本の映画が上映されるのに、結構時間が掛かりますね@@
    逆に、こちらで上映されない海外の映画もたくさん有るんですよっ
    なんか、そっちの方が凄く気になってしまったりしてます

    実は、今まで一番ガッカリだった映画は『春の雪』でございます><。
    雪の降るシーンがたくさん有るんですが…完璧にCGなんですよー(泣

    • フォレさん

      読んでくださったんですね。ありがとうございます。
      子どもを子ども扱いしない大人って、ホントに大人だと思います。夏川結衣と阿部寛はよくコンビになって登場しますね。なんていうのかなぁ、ちょっと一昔前っぽい女っぷりっていうんでしょうかねぇ。女の匂いがする人好きです。自分がおじさんっぽいオバちゃんだから(苦笑)
      外国の映画もこちらへはよく来ますけど、映画館が限られます。そして日本の映画を観るのは映画オタクというか映画に通じている人たちだけかなぁ。

      完璧CGの雪ってかなしーっ!情緒を盛り上げるはずのものが、そこでCGだって頭が切り替わるとなんにもなりません!

  3. こんにちは。
    是枝監督の映画なんですね。見たいです~
    私、「誰も知らない」を見て以来、是枝監督の映画を見てないので、ググって探します。

    • 「誰もしらない」はご覧になったのですね。「ワンダフルライフ」は観られましたか?もしまだなら、こっちをお勧めします。でも好き好きはあると思うのでググってみてください。
      死んだ人たちが天国へ旅立つ前に、一生で一番心に残る思い出を選ばなきゃいけない、というストーリーです。ドキュメンタリーと映画がうまく融合した生きることのお話です。

  4. 通りすがりのものです。
    マイナス要因に
    >教室の黒板の上に西郷隆盛の写真があったりするのは洒落か小細工か。
    とありましたが、
    洒落でも小細工でもなく、鹿児島の小学校の黒板の上には西郷さんの写真が額入りで飾ってあります(少なくとも私が鹿児島にいた時期はそうでした)。鹿児島の人が見れば腑に落ちる光景です。

    • ええーっそうなんですか。郷土の誇りなんですね。
      日本全国でみると、他の県で教室に飾られるほどのステータスの人物は他にいるのかなぁとかんがえてしまいます。ご指摘ありがとうございました。

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