セバスチャン・サルガド写真展「Genesis」in ロンドン

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写真展や絵画展には行き方がふた通りある。誰かと一緒にいく。または独りでいく。

構図がいいとか、ここにハイライトが入っているから画面が引き締まるとか、頭に浮かんだことを人と共有すると作品を鑑賞するという体験価値が高まる。

その反面、ヴィジュアルアートは本来言葉を越えた表現形態だから、言葉に置き換えられないものでもある。作品は波のようなチカラを放つ。その見えない波を自分の中だけに閉じ込めることによって共鳴させて、倍増したパワーの中に沈み込む鑑賞法もある。

セバスチャン・サルガド(Sebastião Salgado)の写真は圧倒的に完成度が高く、凄まじく密度が濃い。驚くほどの重力をもって観ている人間に浸透してくる。わたしの中では絶対的におひとりさま鑑賞の対象だ。にもかかわらず娘と一緒に出かけたのは、サルガドのライフワークである『Genesis(ジェネシス)』というプロジェクトは、より多くの時間を手にしていて、これから地球を変えることも変えないでおくこともできる人たちこそが観るべきだから。

現代を代表するフォトグラファーのひとりとして挙げられるサルガドは1944年ブラジル生まれ。初めて写真を撮ったのは経済学のPhDを取得するためにパリに在住しているときで26才。建築を学んでいた妻がたまたまペンタックスを家に持ち帰ったのがきっかけで、レンズを通した世界が自分の人生そのものになってしまったという。その後ロンドンでエコノミストとして働いていたが、3年後に写真家に転身。マグナムに属すが後に離脱。

サルガドがただの報道写真家でない理由は、アフリカの部落とかインドネシアの炭坑などテーマに沿って世界各地を訪れただけでなく、滞在してそこにいる人々に寄り添い、その環境の内側のディープな世界を撮っていること。構図、ライティング、露出すべてに秀でた素晴らしいクォリティであること。映画撮影のために誂えられた人工的なセッティングでさえ何回取り直しても撮れないようなイメージばかりだ。そして美を超越した圧倒的な写真には「人類」を俯瞰する目が感じられる。

これまで『TERRA』『WORKERS』『AFRICA』をはじめとする写真集でブラジルの貧困、資本主義社会における労働者の実状、アフリカの窮乏を描いてきた。社会政治批判が根底にありながら、印画紙に収まっているのは人間という生きものの有り様だ。人間とは何かという哲学的問いであり、それに対する答えでもある。

「Genesis」を観に行く前に手持ちの写真集をじっくり眺めてみた。

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これまでメディアで取り上げられた有名な写真は沢山ある。100人が観たら100人がすごいという写真だ。それらに比べたら完成度と吸引力ははるかに下回るけれど、自分の琴線に妙なひっかり方をするものもある。アートの鑑賞は個人レベルのものだとつくづく思う。これもそのひとつで、農場で働く男。よくみると、うっすらと汚れで霞んでいるゴーグルの中の目がこちらを視ている。こっちの方が彼の生活の場をかいまみているのに、逆にこちらの心の奥底を覗かれているような気分になる。

IMG_4493 (1)これにはレンブラントとかルノアールの牧歌的情景が喚起されるのだけれど、シャープでパンチのあるモノクロのディーティルがそれを打ち消す。そして遠近感と視角が不思議な感じで沁みてくる。

これまでにフォーカスしてきた「人間」だけでなく「地球」を俯瞰するのが、8年を費やして完結した『GENESIS』というプロジェクトだ。地球にちらばった原始のかたちの厳しい自然、そして現代人の手が加わらない環境の中で生きる民族が写されている。地球本来の姿だ。写真集やサムネールでは絶対にわからないきめ細かな描写、微細なディーティルを宿したシャドーにハイライト、絶妙なバランス感覚に裏打ちされた完璧な構図。大きく引き伸ばされた写真が発するパワーに打ちのめされることを期待して足を運んだ。でもそんな期待感は浅はかだった。全く別の次元の歓喜に包まれたわたしはずいぶん長いことと会場で立ち尽くすことになった。このプロジェクトの規模は半端じゃない。

南極やフォークランド島はテレビのドキュメンタリー番組で誰もがみたことがあるはず。氷河、ペンギンやアザラシはお馴染みである。でも並大抵ではないクオリティのモノクロ写真で一瞬を切り取って突きつけられると、強烈なインパクトをもつ別物になる。そして現代社会と隔絶して自然と生きるニューギニアやアフリカの部族。ポートレートとしても超一級。アルジェリアの砂漠。強い日差しが生み出すハイライトとシャドーの中に繊細なディーティルが映りこんでいて大胆さと繊細の共生に背中がぞわつく。背凍てついたシベリアの大地。マイナス30−40度の地でテントのような簡素な住居に住みトナカイと暮らすネネット族と40日を共にして撮影したという。アリゾナやエクアドルの岩山や谷や植物そして動物。複数の写真展が一挙公開なのと同じだから、観る側も莫大な精神的キャパシティーを要求される。行く前日は早く寝てじっくり休養して心を鎮め、がっつり朝ご飯を食べてから出かけることをお勧めする。

下のNatural History Museumにはったリンクでサルガドのインタピューの動画(英語の字幕つき)がみられる。厳しくて温かい目をしたアイコニックなフォトグラファーと同じ時代に生きているのをとても幸運に思う。
(9月9日追記:昨日にて写真展終了につき、リンク切れです。残念ながら)

Sebastião Salgado: Genesis
11 April – 8 September 2013
Waterhouse Gallery

Natural History Museum London

乱開発が進み熱帯雨林が伐採され破壊された故郷ブラジルに植林し、教育プログラムを推進するなど環境保全に深く関わるサルガドがこのGenesisを通して力強く発するメッセージは、敢えてここに書くまでもないはずだ。

下の写真は、何年も前にバルセロナの郊外の修道院で撮ったもの。祭壇に向かって目を閉じる若者だ。誰かが背の高い扉を開けたとたんに隙間から神の啓示みたいに足元に(画面中央部)に陽が射してきた。サルガドの写真を視ているときの自分の立ち姿は、こんな風だったんじゃないだろうか。このプロジェクトから地球に対する祈りを感じたのはわたしだけではないだろう。

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5 コメント

  1. モノクロの圧倒的な迫力が凄いですね。
    実際に見たら、もっと凄いでしょうね~
    昔、奈良原一高さんの写真を見た時のような衝撃をうけました。

    • katsuさん

      ロンドンを皮切りにこれから世界中を回る写真展なのでそのうち日本にもくるはずです。日本写真芸術専門学校の名誉顧問だし、日本との繋がりのある方みたいなので。
      奈良原一高さんの本物もみてみたいものです。

      • 日本にもくるんですね~
        是非、見たいです。
        奈良原一高さんもオリジナルを見たことはありませんが、
        若い頃に写真集を買って見ました。写真集でも迫力がありましたね。

  2. おじゃまします♪

    強烈鮮烈なコトバなきメッセージを 
    モノクロが語ってる。・。・
    土門拳氏のを初めて見たときと同じ衝撃です ・。・;

    • taketsuruさん

      ほんと、衝撃という言葉がしっくりきます。
      ある人たちからみれば退屈であるモノクロ写真が心底美しいと思えるのは恵まれていることなんだよな、と思うのです。

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