ふたつの自叙伝 ナイジェル・スレイター&ジャネット・ウィンターソン

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自叙伝、伝記の類いは読まないことにしています。
人の一生が数百ページに納まるわけがない。ダイジェスト版の日記なんか読みたくないし、プロの第三者にまとめられた要約ならobituary(死亡追悼記事)の方がずっと気が利いています。でもライターの自叙伝は例外。小説家、詩人を含め文章をしたためることに人生を賭している人たちが、自分の人生そのものを数百ページの中にいかに表すかには興味があります。

ナイジェル・スレイター(スレーターとも表記されている)の自叙伝である「Toast: The Story of a Boy’s Huger」は10年前に出版されベストセラーになった本です。それを再読したのは、ドラマ化されBBCで放映された「Toast」(邦題は「トースト 幸せになるためのレシピ」)をDVDで観る機会があったから。10年以上オブザーバー(日曜紙)でフードコラムを書き続けている彼は、料理番組のシリーズに出演しているけれど、やっぱり物書きです。各章のタイトルがほとんど食べ物。食にまつわる逸話の中に断片的に過去の自分を映し出そうというフードライターらしい目論みは痛いほど成功しています。

イングランド中部のウルヴァーハンプトンの住宅街に住む9才のナイジェルは裕福なミドルクラス家庭の末っ子。工場の共同経営である父、情けないくらい料理ができない母親、年の離れた兄ふたりと年老いた叔母という家族構成。病弱な母に代わって家事をするお手伝いさんに庭師もいる。気難しい父親とも心が通い合えない。唯一幸せをもたらしてくれたのが庭の菜園を手入れする若い庭師ジョシュ。コンポストを引っ掻き回したり花の香りを嗅いだりラディッシュを穫ったり自然にふれさせてくれる彼も子どもに悪影響を及ぼす存在として解雇されてしまう。喘息の病状が悪化し、9才の息子を残して逝く母。寡夫となった父も好き嫌いの多い息子を抱えて疲弊していく。

子どもに最も必要なもの。それは自分を無条件に受け入れてくれる親の理解と愛情。滋養のよい食生活。どちらも欠乏するナイジェルの痛みが、ミルクの表面に張った膜とか、自分のおこずかいで買ったのに父の帰宅が贈れたために焦げた魚や、ベッドサイドに母のグッドナイトのキスの代わりに置かれたマシュマロや、ハムの表面についたぶよぶよのゼリーを含む多くの食べ物の中に切なく描出されています。

母の死後、家事を引き受けるようになったミセス・ポターは家をピカピカに磨き上げ、素晴らしい家庭料理を作ります。表面はかりっとしていなが中はジューシーなポークチョップ。レモンの酸味がシャープだけれどメレンゲが甘くてふわふわのメレンゲレモンメレンゲパイ。食は改善されるけれど、彼女は次第に家の中での存在感を増していきます。父の新しいパートナーとなり、アンティージョーンと呼び名が代わる。彼女との生活のために父はど田舎の叔母の家を買い取って引っ越し、そして再婚。周りに何もないカントリーサイドでナイジェルの疎外感と料理への興味が増していく。父の急死を機にまったく折り合わず愛情も感じられない継母と縁を切り、16才で家を出て料理の世界へ入っていくことになる。

労働者階級を”common”として見下すミドルクラスのスノビズム、料理や食材に掃除用品のブランドなどの社会制背景、それにAGAというオーブンについての知識がないと、生活の中にビビッドに描かれた少年の痛みはわかりにくい部分があるかもしれません。でも料理が好きな人なら食べものを通して少年の生活と心を描く手法にきゅんとくるんじゃないでしょうか。それにスパゲティボロネーズがまだ異様な異国のフードであった60年代のイギリスの食生活もみえてきて興味深い。

タイトルは、トーストすらいつも焦がしてしまう早世した母への思慕の象徴です。でも、もし母が元気にダメ女のまんまのうのうと長生きしていたら母を糾弾する自叙伝になっていたかもしれません。もし母親が料理上手であったなら、逆に食への興味が中和されケータリングの道へはすすんでいなかった可能性だってあります。極端な欠如が秘められた資質や才能を爆発的に昇華させる働きをしたわけです。彼の不幸な少年時代がなかったら多くの読者が彼の書いた記事を読む機会がなかったのだから、世の中は巡り合わせだよなぁとしみじみ思います。

ゲイであることをにおわせるような逸話の記述もあるけれど、食べ物を中心とした過去への憧憬の本です。

こうしてみると季節を色濃く反映した生活の中のレシピを日記形式で綴ったThe Kitchen Diaries (大好きな本です。The Kitchen Diaries Ⅱも出版)は、この本の対極、つまり彼が子ども時代に渇望して得られなかったライフスタイルであることがみえてきます。家庭菜園があり庭に直結したオープンで明るいキッチンのあるノースロンドンの彼の家も、昔の自分に欠けていたhomeなのかと、ビターなレモンを口にした気分になりました。

そんなことを考えていたら極端な欠乏の中からはい上がって作家になったジャネット・ウィンターソンの自叙伝「Why Be Happy When You Could Be Normal?」を思い出しました。自分をモデルにしたデビュー作の「Oranges Are Not the Only Fruit」(オレンジだけが果物じゃない 岸本佐知子訳)の焼き直しという感じではあります。キリスト教のペンテコステ派の狂信的な信者である夫婦に養女として迎えられたジャネットの育った環境がまた特異。礼拝にはいかなきゃいけないのはまだしも、読書が精神に悪影響を及ぼすものとして固く禁じらます。居心地の悪い家から逃避できる図書館で本に出会い、文学に惹かれていくジャネット。

ベッドのマットレスの下に隠した大量の本をを母親に発見され、庭で全部焼かれてしまうシーンは本当に小説みたいでやりきれません。本は読むなといっておきながら探偵ものなどの三文小説をしれっと読んでいて焚書行動にでるこのミセスウィンターソンのキャラクター描写がこの自叙伝の中心になっています。怠惰で横暴な暴君ぶりが残酷でコミカル。自分はレズビアンであることにも気づき、ますます養母との対立が深まり家を出て、オックスフォード大学でイングリッシュを学び作家デビュー。養母と淡い心の繋がりとか理解とかほの温かいものが立ち上るのかと期待していたけれど、なんともやるせない話。彼女の自叙伝もナイジェルと同様、関係者が死去してから出版されています。

彼女ももっと普通の家庭でそれなりに本が読める環境で育っていたならばそれなりに満足し、作家の道を歩んでいなかったかもしれません。そしたらレズビアンではあったとしても、ダイアナ妃を診ていたことでよく知られるサイコセラピストで著書多数のスージー・オーバックのパートナーにはなっていなかっただろうし、ブックエージェントのパット・カバナーが夫を捨てて彼女の元へ走ったりもしなかったでしょう。

人生山あり谷あり。艱難汝を玉にす。箴言はいくらでもあるけれど、今厳しい状況にあってもそれが自分の糧になると信じたいものです。

次に読みたい本としてジュリアン・バーンズの最新作「Levels of Life」を買ってあります。これは自叙伝、エッセイ、ショートストーリーを合わせたものらしいけれど、一度は彼を捨ててまたよりを戻した亡妻パット・カバナー(2008年に死去)への愛情を綴ったものらしいから痛い話なんだろうなぁ。過去って振り返ると必ずや切ない。前だけ向いていきましょうかね。いまのところは。

ナイジェル・スレイターについてはこんな記事もあります。

グラストンベリー・フェスティバル的ブラウニー

ナイジェル・スレイター&料理本の変遷

7 コメント

  1. ご無沙汰してました!購読ブログにいれておいたのに、どういうわけか更新が反映されていなくて。今日、ふと、あれ?どうしてsunnysiderさんのブログの更新が全く出てこないんだろうと。。。見つかって良かったです。
    書評、とっても参考になります!私は昔から本の感想文などを書くのがとっても苦手だったので、わかりやすく簡潔な書評に感心してしまいました。図書館でチェックしてみます♪

    • Papricaさん

      お久しぶりです。
      読書感想文っていやでしたねぇ。昔。本を読むのは好きだったんですけど、いざ原稿用紙のマス目を埋めよといわれたら、何を書いていいか途方に暮れてました。先生によいと判断されることはどんなことかなんて考えたりして、思考の自由がなかった気がします。頭はいまよりずっと柔らかかったはずなのに。いまは頼まれもしないのに読書感想をブログに書くなんて皮肉なこってす。

      イタリア旅行ずっごくよかったみたいですね。北米とはやはりかなり違うかんじですよねぇ。イタリア旅行記、しっかり見させていただきますね!

  2. 週末は、雑用で何かと忙しく、月曜日の真夜中に近い今、初めて開いて拝読しました。
    うまいな~書評が。どれも読みたくなりますね。
    Julian Barnes の最新作も。彼の結婚にはそんな背景があったのですね。
    まさに、人生山あり谷あり。

    伝記といえば、
    オーストラリアでは、自叙伝、伝記の対象者はほとんどが国内の政治家です。
    同じ政治家が1人だけでなく、
    2人も3人も異なる伝記作家の手になって書かれ、出版されています。
    どうして政治家がこうももてはやされるのかしら?
    掘り下げると、オーストラリアという社会の一面がみえそう。

    その中で、コケティシュで魅力の女流作家が、執筆の対象者であるカリスマ性のある元首相とのインタビューの回を重ねるうちに、恋仲となり、彼は約40年間の結婚生活に終止符を打ち、その作家との再婚に踏み切ったという例がありますよ。
    この国では、知る人ぞ知るの労働党元首相Bob Hawkeとブランチ・ダルプージェイです。
    彼女は、ホーク首相の伝記を、結婚後にももう1冊書いて、計2冊を出版しました。

    そのボヴ・ホークの前妻、Hazel Hawke が先週亡くなりました。
    彼女は、その人柄のよさで、夫に負けるとも劣らない高い人気を国民の内に博していました。彼女の伝記も2冊。1冊は自伝、もう一つは娘が母親を書いた伝記です。

    2年前、この娘の伝記の出版後直後、義理の母(女流作家)とブリスベンの空港で鉢合わせとなり、警官の仲介が必要なほどの口論対決となったという事件がありました。
    作家の伝記の中で、母親の書き方があまりにも的を得ていないというのが、娘の言い分だったようです。
    弁護士を通してしか詳しくは触れないと二人は、この事件については一切、口をつぐみました。中に立たされたボヴ・ホークの心境いかに?

    • 政治家たちは売名心が強いというか歴史に名を残したいんだと思うんです。だから戦争をやりたがるし、伝記も出したがる。不朽の名作は文学であって、政治家の伝記なんて10年後には誰も読まないってわからないみたいですね。ま、出版社も出したときに儲かればいいかというかんじでしょうけど。

      わたしがいた時のオーストラリアといえば時の首相はBob Hawkeで、人気上昇中の歌手は Kaylie Minogueでした。隔世の感?伝記の執筆者と恋に落ちるなんて、ほうほう、やってくれるじゃないの、という感じです。伝記は必ず記述や描写に閉口する関係者がでてきますね。だから関係している人が故人になって出版されるケースが多いんでしょう。死人に口無しということじゃなくて、人はみな自分の見方でし物ごとをみることができないから、ましていわんや別れた奥さんと娘からとは、まったく違う話であるのはわかる気がします。

      ナイジェルスレイターの本はテレビ映画化されましたが、ミセスポターの役はヘレナボナムカーター。Brummie accentのワーキングクラスこてこてのはすっぱなおばさんで強烈な役作り。(わたしはこのデフォルメぶりは好きでしたけど。)モデルになった当人は亡くなっていましたが、娘がゴシップ紙に文句をつけている記事がありました。
      http://www.dailymail.co.uk/femail/article-1345405/Nigel-Slaters-stepsisters-accuse-food-writer-cruel-lies-mother-seeing-BBCs-Toast.html

  3. こんばんは~~
    実は、私は自叙伝…というか、エッセイも苦手でして。
    そして、日本では多くはちょっと過去にトラブル(スキャンダル)を抱えた
    芸能人やらが『私を忘れないで~』って感じで出版するという
    イメージでございます(泣

    フードライターさん、という職業はそちらでは結構ポピュラーなのですか?
    料理人、や料理研究家さんは居ますがライターさんは日本には居るかなー?
    私が知らないだけの確率も高いですが^^;
    自分の生い立ちを食べ物を中心に書ける、そんな面白い人生があるんだ~なんて!

    • 過去にトラブル(スキャンダル)を抱えた
      芸能人やらが『私を忘れないで~』って感じで出版するという
      イメージ…….
      これはわかります。ヌード写真集を出しちゃう女性タレントも同じクチかなぁ。

      土日ってあんまりニュースがないじゃないですか。週末は家でゆっくり新聞を読みたい人も大勢いるし。だから土曜日と日曜日の新聞は、冊子の付録つきだったりする極厚で、読み物みたいなパートが多いんです。で、書評とかお料理も含まれる。いろんなセレブレリティシェフとかがホストする料理番組もすごく多いから、分厚いレシピ本もぞくぞく出版されて、またテレビになる、という繰り返しです。だからちょっと環境が違います。

      食べ物で人生が書けてるわけですけど、結構地味な本かなぁ。
      ーーお父さんはおまえの好きな森永ハイソフトだぞ、といって銀紙に包まれた四角を差し出した。僕は好きなのは明治のクリームキャラメルなのに。ーーみたいなノリですから。(つまりお父さんは僕のことをよく判っていないのに判っていると思っている記述)

      DVDの予告編はこちらです。
      http://youtu.be/UN0NTfFyFaM

  4. ナイジェル・スレイターの義理の姉の反論の記事ありがとうございました。記事と、フォレさんに送られたDVDの予告篇拝見しました。

    反論記事を読んでみて、双方の言い分がそこまで食い違うものかと驚きですが、おっしゃるように、出始めからして、片や意地でも起こった事実を受け入れるものかとの姿勢が(ナイジェルに)あるはずですからこれはどうしようもないですね。

    その意味で、忠実な描写でなく、デフォルメが生きてくるのだと思います。制作者もそれはお見通しですね。やるではないか。

    Bob Howkeの伝記もテレビ化されました。まじめに、まじめに忠実に伝記に添っていました。あまり、面白くなかったです。ABCよりもBBCが上手ですね。

    ところで、是枝裕和、カンヌ映画祭で審査員賞を受賞しましたね。

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