ストリートアートとコップ半分の水

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ロンドンの東と西を徘徊し、コップ半分の水について考えた雨の土曜日の噺だ。

大都市というのは通りを一本越えただけで、街の顔が激変する場所を含む。莫大な資本を動かす金融街シティ。ロイズをはじめとするアイコニックなビル群の谷間は、高価なピンストライプの背広を纏うこざっぱりした人種に埋め尽くされている。そんなシティのリバプールストリート駅から5分も東に歩くと、背広姿の白人の姿と金の匂いがあっさりと消え、ブリックレーンに突き当たる。インド系を中心とするエスニックな地区で、ごみごみしたみすぼらしさとカレーハウスの客引きにウエルカムされることになる。ここにはカレーハウスが50軒以上あるという。

1700年代はフランスのプロテスタントが定着し、その次の世紀はユダヤ人、その後インド/バングラデシュ系という移民の歴史を背負う地区。いまはストリートアートのメッカだ。スプレーペイントを主につかう自己表現だけれど、他人の不動産の壁やシャッターやフェンスなので違法行為だ。捕まれば禁固刑。この地区は驚くほどにカラフルなアートに溢れている。

グラフィティとアートの線引きはどこで行うのかという質問はむずかしい。モダンアートのギャラリーに飾られている粘土アートと幼稚園生の粘土細工の差はなにかというのと一緒で、主観的な命題だ。ある意味では宗教と一緒か。独りしか信じなければ狂人で、人数が集まればカルトになり、大人数が支持すれば宗教になる。アートも琴線への触れ方と、その支持する人間の数に関係がある。そしてそれがアートの金銭的価値にも反映され、金は投機を産む。

ストリートアーティストとしてビックネームになったのがバンクシー。本名や経歴を明かさず、展示会の手配やアートの売買もエージェントを通してやっていて絶対に表にでない。大英博物館などに自分の作品を勝手に展示したり、つい先月もニューヨークの通り行われたゲリラ的特別販売が報道されたばかりだ。

次のバンクシーといわれているのがStik。名前の通りにスティックみたいな姿をスプレイペイントで描くアーティストで、ホームレス状態からウェストエンドで個展を開催するまでになりがった。日本にもいったばかり。ハックニーのヴィーガンコミュニティセンターのガレージのシャッターに描いた絵、それがシャッターごと1万ポンド(約150万円)で売れたという。もちろん代金はシャッターの持主であるコミュニティセンターのものだ。

自己をヴィジュアルな媒体を通して表現せざるをえない人々。そのような業を背負った人たちがアーティストだ。体制への反抗とアートの融合。そしていつ消されてなくなってしまうかわからないところがストリートアートの特長。それを支持する土壌があり、そしてそれがまたそんな文化傾向を強化し還元するショーディッチにも、シティの大資本が侵蝕してつつある。崩れかけた煉瓦の襤褸い家並みの中にも小綺麗で無機質な建物が現れていて、不動産価格、賃貸料金が驚くほど高騰している。この地にすむ住人たちが莫大な家賃を払えなくなる日もそう遠くないかもしれない。都市のダイナミズムを強く感じさせる。

デジタルプリント版の北斎の富嶽三十六景の展覧会もブリックレーンマーケットの横っちょで開催中。キッチュなセッティングで鑑賞すると、緻密に計算された構図に打ちのめされる。ニッポン文化というよりアートとして素直に鑑賞できたのが新鮮だった。

ついでに寄ったのがホワイトチャペルギャラリー。動物の身体の一部や巨大ペニスなどのアバンギャルドでセクシーな展示をしているにもかかわらず、中学生の娘が中に入れてしまうのは、またアートのサブジェクティブな部分なのか。北斎の春画コーナーは18才以下は入場不可だったんだけど。

イーストエンドをふらふらした後、ソーホーで早めの夕食をとり、リージェントストリートへ。クリスマスのイルミネーション点灯の夜だった。バーバリー、イェーガー、ハムレーズ、マッピンアンドウェブ、リバティなどの老舗の他に、Unqlo, H&M, Superdryなどの新参者の台頭が目立つ。シティはカネを生む街で、ここはカネを使う処。

省エネを訴え、政府は新たな原発立地をデボンに推奨している一方、ディズニーがスポンサーのイルミネーションで電力を大消費する。車は通行止ですごい人ごみ。ポップスターをステージに呼んで、巨大スクリーンを幾つもセットアップしてカウントダウンをしておきながら、ゼロ!と叫んで点灯しないお粗末ぶり。3度目のカウントダウンでやっと点いた。華々しく上がる花火は数百年の富の蓄積と歴史の上に築かれている重厚な建物と通りを埋め尽くす群衆を見下ろしていた。

DSCF5567オーガニックという言葉は無農薬の、という意味でよく使われるけれど、異なるものを内包し、おたがいに作用しながら全体としての特性を有するもののような意味でもある。都市とはそういうものだし、その都市を動かすカネの尺度も一様ではない。

そんなことを考えていたら、コップ半分の例え話を思い出した。コップに半分水が入っていて、半分しかない(half empty)とみるか、半分もある(half full)とみるかという、あれ。楽観的か悲観的かという物差しにされている。でも世の中も、金も、社会も、一人一人の人生もそんな一元的なもんじゃない。水は形をかえるし、コップの容量や形状も多様だ。ただ確かなのは、折りたたみのコップは登場しないであろうというくらいか。だから、水は在る、という程度の認識でいいわ。なんてことをつぶやいたのが、雨の土曜日のことだった。

なんだかハードな都市論風になっちゃっているのは、日本行きの飛行機の中の暗がりで書いているからかな。空飛ぶ乗り物は考え事をするのにちょうどよい空間だ。ガラガラで3席を独り占め状態というのは、太っ腹な気分にしてくれる。

12 コメント

  1. サテ、仕事(お勉強)に取り掛かろうと机に向かったら、新着の噺が、北半球の大西洋と北海、ドヴァーとイギリス海峡に囲まれた国から届いていました。一気に読ませていただきましたよ。

    都市論というのは私も興味を惹かれる分野です。そのうちに読もう、読もうと思って読んでいない本の一つに、古いですが、羽仁五郎氏の「都市論」というのがあります。ネットで調べたら、マーケットプレイスでまだ入手できるみたいです。昔、この本の書評を読んでさらに興味がわきました。羽仁さんがこの本を書くため利用した情報源は新聞のみというもの。ウロ覚えですから間違っているかもしれませんが。

    サニーサイダーさんのロンドン探索。シドニーも地区によって住人の種類、国籍の構成、界隈の様子がガラリと変わるというのは同じ。だから、今週はここ、来週はあそこというような、伸ばす足の方向をちがえると、エスニック食べ歩きみたいなことも楽しめます。ただ、富の蓄積が数百年に至らならないところが、元植民地と母国の違いですね。

    来週、水曜日、シドニー発祥のロックス地区、元海事事務所だった古い建物を改造して近代美術館となっているMCAにでかけます。イヴェントはYoko Onoさん。ご自分の展示会(War is Over、if you like)の案内を日本人の来訪者にしてくださるのだそうです。彼女の日本語は「お育ちのよさを反映して、とてもきれい」だという評判を聞いて、これも興味がありますので。

    ごめんなさい。長くなっちゃいました。日本はいかがでしたか。

    • まだ日本にいます。
      80代の両親にIpadを買い、毎日使い方講習をやっています。Facetimeとメールとネットが使えるようになるのが目的です。(なるかなぁ?)しかし、父はまだ車の運転もしていて滞在中の運転手をしてくれているのがありがたいです。
      羽仁五郎氏の名前は初めて聞きました。ググってみたらとても興味がわきました。が、すでにBook Offで文庫本を30冊購入しているので、これから先は重量との相談になりますね。

      九州場所の最中で、昨日街中でお相撲さんを観かけました。力士のいる風景は福岡の冬の一部です。

      ヨーコオノが話す日本語ですか。なんだか兼高かおるさんの山手言葉を想像してしまいますが、実物はいかに?

  2. まだ、日本ですね。ご両親にIpadの講習をタップリとご教授をして(孝行娘ですね)、サニーサイダーさんのブログの愛読者になられたとすると….?! 面白いでしょうね。 「コラ、生意気だぞ」などと苦情が届いたりして。

    羽仁五郎氏の著作は、名前を間違っていましたね。「都市論」でなく「都市の論理」でしたね。私は注文を入れました。踏み切るきっかけを作ってくださってどうもありがとうございます。その後、続巻も出ているのですね。そちらは上巻を読んでみてから、決めましょう。

    羽仁家は個性豊かな人物を輩出した有名家族(クリスチャン)です。 息子の羽仁進さんは映画監督、奥さんが女優の左幸子さん。一番偉いのは羽仁もと子さん(明治の方です)で「自由学園」という文部省の枠にこだわらない学校を設立されました。叔母たちがその系統を組んだ「友の会」で活躍していました。母も「婦人の友」という雑誌を講読していました(雑誌は今なお健在です)

    ブックオフで30冊 ? がんばりましたね。どんな本が選ばれているのかしら。興味深々。教えてください。

    お相撲さん?サニサイダーさんのお好みは誰ですか。私はキセの里と琴欧州です。
    初冬の福岡を楽しんでください。

    • ブックオフで50音順に棚から目を引いた作品を籠にほおりこんでいったらそういう数字になっただけです。そうしたら結果的に同世代作家が多かったようです。磯崎憲一郎、絲山秋子、堀江敏行など。今年読んだ本で吸引力を感じたのは、木内昇の「茗荷谷の猫」です。これは強くお勧めしたい。こちらにもコメントをくださる森のくまさんのおすすめで読みました。

      相撲は残念ながらすっかり遠ざかっています。時間がないという言い訳で、いろんなものから自分をシャットアウトしている気がしてきました。

      明日は呼子に烏賊を食べに行く予定です。

  3. こんにちは!

    日本はいかがですか?
    釉子 さまのコメントの中の「ブックオフで30冊」に大きく反応してしまいました、すみません。

    かなり、やってみたい・・・お小遣い握りしめて

    ピックアップされていた、絲山さん、ぼくも意外と好きでちょろちょろ読んでます。
    木内昇さんのお名前は初めてです。気にしてみます。
    それで、うれしかったのは磯崎憲一郎氏の名前を挙げてらして!
    彼は幼稚園から小学校にかけて、本当に仲の良かった幼馴染みなんですよ~。

    バンクシーもStikも知りませんで、
    あわててググッたりしています(汗)

    • こんばんは。
      田舎の小さいブックオフだったので、都心の大規模店だったらどんなことになっていたことか(笑)トライアスロンは時間もお金もかなりのコミットメントを要する趣味(趣味レベルではつとまらない!)ですよね。それだけに返ってくるものも大きいんでしょうが。ウェットスーツ一着は何百冊の古本に値するでしょうか?

      芥川賞作家と幼なじみなんて格好良すぎるーー!磯崎さんどんな子どもでしたか?
      絲山さんは沢山読んでるわけじゃありませんが、これまでに読んだのでは、「ばかもの」「沖で待つ」が好きです。おすすめありますか?

      Banksyを知らないイギリス人は沢山います。スティックなんてわたしも知らなかったし、知っているイギリス人はマイナーです!!だからご存じなくて当然ですよー。

  4. こんにちはー
    bookoff30冊!??(笑

    何か、小説を読んでいるような記事でしたよー
    写真でも紹介されてますが^^
    sunnyさんの文章を私の頭の中であれこれ描いてみました
    私の街にもスプレーペイントを見かける事が有りますが
    『絵』はあまり見られないんですよね、文字ばっかしで
    なので、アートなの、グラフィックなの、はたまた…ラクガキなの!
    という様なものに出会って居ません
    これだけ大きなアートは建物自体の価値も高めてくれそうですねー
    芸術とか、アートといった価値の不確定なものを好む人って私好きですね~
    なんか、モノを大事にしてそうなイメージなんですよね
    カレー屋さん、50件は凄い!!
    所でカレーはナンが好きですか?ナンが特に好きなのって
    日本人だけって聞いた事が有るんですよー

    • あはは、ブックオフ30冊、なんか受けていますね(苦笑)たまの豪遊です。
      自分もそんな絵心と走って逃げることができるフットワークがあればやって見たいものです。マッシュルームみたいなオブジェを建物に取り付けるアーティストもいます。
      ナンもチャパティもプーリーも好きです。ナン好きなのは日本人だけじゃないと思いますよー。

  5. 釉子さまなどと格上げしていただいて、恥じ入っています。私もバンクシー、Stik知りませんでした。こちらでもグラフィティーは盛んですが、そちらが、ずっと本格的、芸術の範疇入りのようですね。

    サニサイダーさんがブックオフで買われた本の作家、全くの無知でした(過去形)。前世代 (下手すると前々?!)なのですね。それに、何と羽仁五郎さんなどを持ち出して。 同世代の友人に、羽仁さんのことを話しましたら、「エッ、それ、私が中学生のころに読んだ本よ。」とのことでした。フィレンツェのことを書いた本なのだそうです。

    呼子は4月に私も行きました。烏賊のお刺身でなく、一夜干しを買いました。お刺身はいわずもがな美味でしたでしょう。唐津にも足を延ばされたのでしょうか。鏡山から見下ろす虹の松原と唐津湾、ひねもす、ゆったりの上に、息をのむほどきれいでした。美しい町ですよね。お城、唐津焼もあって、文化豊かな郷土の街です。

    • 読む本に新しいも古いもないと思います。タイムレスなよさというのがあるからこそクラシックが生きてるわけで…ナボコフの和訳版なんていうものも買ってしまいました。

      呼子行きは残念ながら、親が風邪で調子が悪いため実現しませんでした。次回のお楽しみということにしておきます。

  6. こんばんは

。
    まだ日本ですか?

    

トライアスロンと古書との対比・・・痛いところ突かれました(笑)
あえて計算はしないことにいたします。

    

絲山さんのファーストコンタクトは「妻の超然」でした。これがかなりショッキングでして、男性諸氏はきっと、この本を読みながら、はっ!と後ろを振り返っているはず・・・。未読でしたらお薦めでございます。



    磯崎氏とは母どうしが上野松坂屋の同期で仲がよく、住んでいるところも近かったので自然の成り行きで親しくなりました。僕も彼も絵を描くことが好きでお互いライバルと思い車や船やゴジラなんかを書きまくってました。印象に残っているのは、小学校3年生ころだったか、大学ノート一冊にオリジナルの漫画を書き上げたこと・・・負けたと思いました(笑)
長くなりそうなのでこの辺にしておきますね。



    ご両親へのiPad養成講座はいかがでしたか?
いつかはスマホに移行することになるのでしょうから、早いうちにうちの両親にもなれさせておこうかなと思っています。



    釉子さま Sunnysiderさんファンの新参者ですが、よろしくお願いいたします♪


    • まだ日本です。体感温度の差をひしひしと感じています。寒いとは思わないもので。
      妻の超然は文庫になっているので、早速購入しました。楽しみです。

      小3で大学ノート一冊はやっぱり違いますね。

      ipad講座は難航しています!自分がいかにデジタル人間であるかを認識せられています。ファンだなんて大それた!こんな生意気な駄文におつきあいいただいてこちらこそ感謝です!

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