優美なイルージョンを支えた男の美学—グランド・ブダペスト・ホテル

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「いい映画だわぁ」という映画と「この映画好きなのよぉ」という映画は微妙に違う。この温度差を考えてみると、わたしの場合、独自のスタイルを強烈なほど貫いて隙間なく構築されたアップリフティングな虚構世界になっているものが、好き好き映画のカテゴリーに入ってしまうんだわ、という結論にたどり着いた。そういう意味でジャン=ピエール・ジュネ(「アメリ」大好き)、三木聡(「インスタント沼」礼賛)に並んで好きな監督であるウェス・アンダーソンの新作「The Grand Budapest Hotel」(グランド・ブダペスト・ホテル)を観た。劇場公開2日目の土曜日とはいえ、午前中の上映だったので映画館はがら空き。

舞台は1920年代のセントラルヨーロッパ。架空の温泉保養地にあるクラシックなホテルのコンシェルジェの物語。宿泊客が快適に過ごせるために何から何まで(ベッドのお供まで)気を使いプロに徹底するグスタフ・H。新人のロビーボーイ、ゼロ・グスタフにホテルサービス業の在り方を指南する。大富豪の常連宿泊客である老婦人(ティルダ・スイントン)が殺される。彼女が残した遺言により高価な絵画を相続する運びになるものの、遺産を狙う息子(エイドイアン・ブロディ)から殺人事件の冤罪をきせられ、投獄されるも脱獄し、執拗に追う刺客に命をねらわれながら逃走。

なんていう書き方をすると、一元的な冒険譚をイメージしてしまうだろうけど、これは非常に凝った物語で、ジャンルに当てはめるべきじゃない。コメディ、風刺、アドベンチャー、ロマンス、サスペンスとてんこ盛り。

ストーリーテリングの王道のひとつである、登場人物のナレーションという入れ子構造、それも2重3重になっているという懲りようで、するすると冒頭からこの見事なイルージョンの世界に観客をひっぱこみ、ストーリーを映画ならではのテンポでスピード感よく展開させていくお手並みは実に鮮やかで心地よい。レモニー・スニケットの「世にも不幸せな物語」でナレーターとしてのクオリティを証明したジュード・ローの声と語り口が冒頭で聞かれるのは嬉しい。彼の声ホント好き。時間軸に幅を入れたのはストーリー展開に効果的だ。

色、スタイル、構図、フォーカス、カット、ズーム、セット、非常に映画的台詞の徹底度は、隙間なくスタイライズするウェス・アンダーソンの作品の中でも群を抜いている。このシネマティックな魅力とスタイルは、非日常の世界である映画館で、それも大スクリーンで堪能するべきものだなぁ。

キャストの豪華ぶりは並大抵ではない。ウェス・アンダーソンの常連であるエイドリアン・ブロディー、オーウェン・ウィルソン、ビル・マリー、ジェイソン・シュワルツマンをはじめ、主なところでティルダ・スイントン、ウィレム・ダフォー、ハーヴェイ・カイテル、マチュー・アマルリック、シアーシャ・ ローナンなどなど。台詞も少ない僅かなカットの中で、これだけアクが強いほどスタイライズされたセッティングに負けず、ストーリを描き出すモザイクである人物としてキラリと光るには、芸歴も長く知名度高く存在感のある役者でなければ務まらない。またすごい有名俳優たちをそんな使い方をすることができ、また観客たちにそういうチョイ役的登場のよく知っている俳優をみせてくれて楽しませてるのが上手いよな。同じ役者を何回も起用するのは、独特の世界や間の取り方をわかっている人たちであり、また役者の色がわかっているから使い安いんだろう。

時代がかった中央ヨーロッパのエレガンスは、劇中でてくるマジパンと着色料いりアイシングで固められたお菓子のようにコテコテに作り上げられたものだけれど、これはアメリカ人監督、それもアンダーソンだからできることだろうなぁ。ヨーロッパ人は小っ恥ずかしくてここまで徹底してやれない。

主演のレイフ・ファインズはロイヤルシェイクスピアカンパニーでの舞台や映画(有名どころではシンドラーズリスト)にも数々助演男優として出演しているけれど、わたしにとってはこの人は絶対にハリーポッターのヴォルデモート。ここ6−7年息苦しそうで気持ち悪いハゲ頭の悪の親玉として刷り込まれてきたので、立石に水的に流れるクラッシーなアクセントの英語でペッラペラとコミカルにやられるのはとっても新鮮でよかった。この配役は大当たり。F・マーリー・エイブラハムも素性のわからない男として過去を語らせるにはぴったり。中年コンシェルジェの鏡と新人ロビーボーイというボケとツッコミ的コンビで話をすすめるのはほんと上手い。

最後に登場人物に語らせているように、これはコンシェルジェという職業を通してホテルという優美なイルージョンを支え、またその幻惑の世界そのものになった男の物語で、それを物語るエレガントで非常にエンターティニングなイルージョンだ。DVDで観ちゃうといささかキッチュにみえてしまう可能性大のような。でもDVDが出たあかつきには買っちゃうかなぁ。これは映画館でみるべきとってもシネマティックな映画なのよ、といいながら。

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13 コメント

  1. 「ムーンライズ・キングダム」をついこの間、観たと思っていましたがもう1年前の公開だったのですね。ご紹介の新作は6月公開のようです、楽しみです。しかし豪華な出演者!ウィレム・デフォーまでも。舞台がホテルでベルボーイという事もありカフカの失踪者(アメリカ)を思い出しました。映画と言えばきのう、デイヴィッド・O・ラッセルの「アメリカン・ハッスル」楽しんできましたっ(笑)

    • わたしには「ムーンライズ・キングダム」はつい最近で、「ダージリンエクスプレス」がついこの間ですよ。ほんと。ウィレム・デフォーの悪役はあの渋くて硬派で絶対悪の迷いのなさがいいです。カフカは何十年ぶりかに短編集を買ってよみました。ひとつひとつの比重がずしーーーんときます。

      アメリカンハッスルはほんと楽しめそうですね。ジムジャームッシュのバンパイアの新作もみるでしょう。ティルダスイントンの硬さが好きなので。映画/DVDおすすめあったら教えてください。botapotaさんの本のチョイスもすごく好きなので、映画系もインスパイアされるはずでーす。

  2. Before the opening of The Grand Budapest Hotel, Bill Murray told Wes Anderson, “I think this is the best work you’ve ever done.” (in Variety magazine) I agree. From an enchanting opening of the film showing imaginary hotel scenery (a beautiful digital work) to the film’s ending credits which showing a comical Russian man dancing, every details were controlled. As a long time fan of Ralph Fiennes, I was happy to hear the story of how Wes Anderson used a psychological game to convince Fiennes to star in the GBH. He was perfect as Monsieur Gustave.. I thought even his mustache was acting! Anderson’s tradition of dark side showed up here and there but, it was all fun. (Oh, poor kitty!) Seems all great actors were having a great time playing each role. Love the music by Alexandre Desplat and the way they used colors in the film. I thought it was clever, but a bit puzzled that Anderson used wide screen only for the scene where Jude Law and F. Murray Abraham having conversation in the lobby. Have to see it again soon. (do some nitpicking? most unlikely!)

    • Hiroeさま

      お待ちしておりました。この映画をどのように楽しまれるのかと思っておりました。observantであればあるほど、どれだけ凝って細部の細部まcarefully controlledであるかがわかるからです(なんじゃこの日本語は?)。つまりreaderかつphotographerという鋭い観点からご覧になるだろうと思っていたのです。

      ファインズの髭までが演技していたという部分には笑いました。じつに的を得た表現ですね。ファインズの配役に関するエピソードはさっそくググってみましたらでてきました。これでしょうか?http://www.comingsoon.net/news/movienews.php?id=115412

      わたしはジュードローが出てくる部分、とても好きでした。アンダーソンのトレードマーク的超ロングショットのズームでぐぐぐーーーーっと引いてくるビジュアルと同じ効果を、ここは凝った入れ子小説的手法で狙ったというのがmy take です。すみませんねぇ、変な日本語で。

      また観たいですね。今度は細部のみを観察する目的で。

  3. 昨日、映画にでかけました。映画はLe Week-End。「いい映画だわ!」が私のこの映画の感想。

    ところが、スクリーンに出てきた予告篇が「Grand Budapest  Hotel」 
    Sunnysiderさんのブログに添付していただいたTrailerと同じでした。
    ブログののもおかしかったけれど、大型スクリーンで視るのは全然違いました。断然スクリーンで見るべきですね。短時間のTrailerなのに観客もアハハ、アハハ、Oh、Noとかと乗って、直裁の反応を示していました。かかったらまい
    参ります。その感想はこの映画好きさわ」となればいいですね。今日は「ALL is Lost」、明日は「Tracks」へ出かけるつもりです。

    • Le Week-Endはいい映画の部類に入るのですね。観たい気分であり、中年を超えた年齢カップルの真実を垣間みるのが恐ろしいような気もして観ていない映画なんです。
      連日映画鑑賞なんて優雅でいいですね。今日は生活に疲れてボロ雑巾になった気分なので、夢のような生活です。Tracksはご当地映画ですね。在住の方が観るのと外国人はまた感じ方が違うんだろうなと思います。
      GBHはぜひ映画館でアハハ、アハハ、Oh、Noとやってください。

  4. Actually it was a little different interview than “comingsoon.net” but I don’t remember which one now. I am sorry! I have a strange habit of jumping through every articles. Something like the way chickens picks their food. (Very messy.) Anyway what Anderson said about how he convinced Fiennes was the same. By the way, I enjoyed the article in the “comingsoon.net” very much. Thank you. I too enjoyed the scenes where Jude Law appears. It was a treat to hear crisp, beautiful English spoken by these actors. There was a very minor scene but I chuckled in delight when Fiennes wearing prison uniform walking through the prison hall calling out “May I offer you …? ” It gotten too casual in the U.S.

    Sunnysider-san. Please try to get some rest. I really don’t know how you can manage your busy schedules. Take care, or should I say, please look after yourself.

    • jumping through every articles. Something like the way chickens picks their food. ……..これはまったくわたしのすることです。まぁそういう頭の使い方があるということですよね。
      There are several film streaming services available, but this one is nicely curated.
      Very reasonably priced too. Highly recommended.
      https://mubi.com/films/showing

      • Thank you ! I will check into it. My apologize for hogging your blog site. I hope my rambling comments did not distract other readers.

  5. こんにちはー
    映画は映画館で観るのが良いなぁー
    と、常々思って居ますが(集中力が違います)
    本当の所、多少残念な作品でもスクリーンで観ると
    そこそこ満足して帰って来られるので(笑
    最近映画館で観たのは日本の『猫侍』で
    テレビでは『英国王のスピーチ』でございますー

    良い映画と、好きな映画は分類が違うんですね~なるほど
    リンクのトレーラー見て来ました!
    これは…面白そう!!
    コメディな部分を強く感じましたけど^^
    熟練と新人のボケツッコミコンビが飽きさせませんねキット!

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