南極から絵葉書を送ってきた男(2)

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筆跡って人の有り様を表す鏡の一つじゃないかな。そんなことをつぶやいたのは、目を細めて笑ってるみたいな字を書く古い友人から手紙が届いたから。南極から絵はがきをくれて、
こんな記事(南極から絵葉書を送ってきた男 その1)
を書いてから1年以上経ってしまっている。

パラグアイに住みブラジル側でたこ焼きを売っていて、シングルで自前のPCも持たず、時間がありあまるほどある生活らしい。

配偶者、子ども、住宅ローン、受験、有給休暇、教育費、流行のファッション、などというものが彼の人生にはない。そしてわたしがいつもつぶやいている「時間がない」という台詞も該当しないライフスタイル。映画やドキュメンタリーじゃなくて、実際に自分が知っている人がそういう生き方をしていると思うと、地球の裏側がなんだか近い。そして、こうなくちゃいけないという固定観念に始終縛られていて、それでますます自分の首をしめている自分に気づく。ここのところ焦燥感に煽られておたついているので、なんだかうまいタイミングで喝を入れられた感じだ。

そしてこういう風にconnectedと思えるのはなんだかうれしい。connectしているのは人になのか世界になのか自分自身になのか、ようわからんけれど、何かに繋がっているのはポジティブなことだ。偶然とか縁とかさまざまな呼び方がある何かは、人間のエネルギーそのものが形をかえたものだと思う。

墜落した飛行機に乗るはずだったけれど乗り損ねて命拾いをした、みたいなドラマチックな経験はないけれど、繋がりを感じるエピソードはいくつかある。

camber beach

バリ島のウブドの屋台でご飯を食べていたら、日本人の旅行者が隣に座り、世間話を始めたら、なんと友人の上司であることが判明。その場で手紙を書いて届けてもらった。わたしがバリにいることすら知らなかった本人は驚いたらしい。

クタで友人とその知り合いのアメリカ人の貿易商とバーにいったとき、このあとカトマンズへ行くつもりで、Pumpernickelというカフェで友達に会うかもしれない予定だと漏らした。おお、僕はその店のオーナーを知っていて、手紙を書くからぜひ渡してくれないか、と頼まれた。

オーストラリアのキャサリン渓谷添いのアウトバックを歩きまわり川沿い休んでいると、一艘のカヌーがやってきた。漕ぎ手はわたしの名を呼んでいる。シドニーの知り合いだった。

足の指の骨を折れる事故のあとバスで病院へいこうとしていたら、バス停についた段階で激痛で一歩も身動きが取れなくなった。タクシーが通るような場所じゃない。静かな人通りのない住宅街。絶望感で涙がちょちょぎれそうになったら、目の前に車が停まった。その日たまたま仕事を休んでいて、買い物へ行く途中という友達だった。

昨日、ジョギング中にマンホールのふたにつまづいて派手に転倒した。その場に通りかかった車のドライバーが降りてきて、大丈夫ですかと声をかけてくれた。何年も会っていない知り合いだった。家まで送ってくれた。

振り返っていると意外と次から次へとでてくる。あとからはっきりとわかる偶然性ばかりではなく、そのままいっていたら悪いことになっていたことを避けられていたなんてことは目にはみえない。日々の暮らしはしんどいことも多々ある。でも、ようわからんけれど、実はラッキーなのかもしれない。こうやってネットを通して会ったこともない人ともコネクトできることもサンキューってことで。

8 コメント

  1. どんなに手繰り寄せようとしても遠ざかっていく縁もあり、忘れた頃に再び繋がる縁もあり、『事実は小説よりも奇なり』ということは幾度となく経験しますね。
    パソコンのある環境がいいか悪いかは別として、いつ切れるか分からない不確かなものであったとしても、ネットがなければ出逢うことがなかった人と一瞬でもこうして共感できることはとても幸せなことだと思います。
    濃いか薄いかではなく、あったかなかったか、それだけで価値があるのだとsunnysiderさんの文章を読んで改めて気づかされました。
    朝の優雅なコーヒータイムをありがとう♪

    • mitoさん

      こちらこそいつもじわっーっとした温もりが感じられる写真の数々に、元気をいただいています。毎日の生活の中に綺麗なものとかほんわかできるものを見つけられる才能っていうのかな。あたしも、現状に文句ばっかりいわないで、こうありたいーー、といつも思うのです。前向きな生き方、あったかいお母さんの目線。これからも楽しみにしています。どうぞよろしく。

  2. 私はドラマチックな人生とはほど遠い生活をしていますが、人との出会い、繋がりのおもしろさを感じたりしますね〜。
    なんだかんだ言って今の自分を成形してるのは出会ったきた人たちなんじゃないかなと思ったりして。
    そう思うと出会いのひとつひとつ、大切だなあと。
    それはブログ上でも同じ。
    そんなわけで今後もよろしくです♪(…ちょっと強引)

    • こちらはイースターの4連休明けです。会社に行くのが苦痛でしたが、こうやって温かい言葉を記してくださる繋がりがあって、ちょっと元気になりました。
      『なんだかんだ言って今の自分を成形してるのは出会ったきた人たちなんじゃないかな』。。。これはホント、そうだなぁーーーっとつよく頷いております!
      思いついたことをたらたら書きなぐっているだけの場ですが、人や情報やインスピレーションの通り道になれたらうれしいです。こちらこそharubowパワーをわけていただいています!

  3. 古い友人に会うとたくさんパワーもらえますよね。メールだけでも。ましてや絵葉書なんて。。。
    第六感とか、霊感?的なものは全くない私ですが、最近、10数年会っていない友人の夢を見ました。
    何かあったのかな、連絡とったらびっくりするかな、年賀状だけの付き合いだし。。。
    Sunnysiderさんのお友達みたいに、さりげなく繋がりたいものです。
    旅やアクシデントの時に現れる、お友達たちはまるで天使みたいですね^_^ すごい!

    • Oimoさん

      おかげさまで、いま気がついたんです。パワーをいただくことばかりに気をとられて、自分はポジティブなパワーを人に作用できてなぃってことに。Oimoさんもそのお友達にコンタクトしてみたらどうでしょう。驚かれても、そこから何かがきっかけが生まれて何かに繋がるかもしれませんよ。そういうのって、考えないで直感にまかせちゃうほうがうまくきます。前もっていろいろ筋道を立てちゃうとそのようにはいかないもので。
      背中に羽を生やしますかな。自分の方が天使にならなくては。こういう人に出会いたいと思ったら自分がそういう人になればいいらしいです。

  4. 遅れに遅れたコメント寄せをさせていただいています。
    偶然なのか、縁なのか、人間のエネルギーが形をかえたものなのか。不思議な取り合わせに遭遇することってありますよね。Sunnysiderさんの経験は面白い、それにたくさん。私は自分の経験をポンとは思いつきませんね。
    この不思議な経験を人に語る形にした小説風エッセイは、村上春樹さんがたくさん短編集に書いていますね。例えば、「東京奇譚集」。「村上ラヂオ」にもありましたっけ。

    基本として、今自分がやっていることに、ただそれ一つに、集中をして確実にしていく、その蓄積は有機的にどこかの何かにつながっているのではないかと感じます。

    • お返事おそくなりました。

      ー今自分がやっていることに、ただそれ一つに、集中をして確実にしていく、その蓄積は有機的にどこかの何かにつながっているー
      後ろから背中を推される感じです。ありがとうございます。

      人は皆、奇跡のようなつながりの連鎖の上にいるのに見えていないだけなんじゃないかな、と思うのです。わたしはかってにこじつけて解釈しちゃう質なんですが。

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